日和佐御陣屋跡

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徳島県日和佐町

町指定史跡
阿波藩は地方行政の役所として明和六年(1769)郡奉行と代官の名を改め郡代と唱え、国内を六区とした。那賀・海部が一区となり、三人の群代はそこに常駐したが、時々管轄地を巡見するのが通例であった。寛政十一年(1799)海部郡鞆浦に、海部郡代所が新築されて新御陣屋と呼ばれた。海部郡は徳島より遠く、交通不便で異国船の警備や、国境に近い重要地などの関係で設置されたものと思われる。

(看板引用)

日和佐御陣屋跡

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