血天井

徳島の河川

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戦国の代、土佐に起った長宗我部元親は四国平定の野望を抱いて阿波に攻め入った。阿波の南方各地の墨城を攻め降し那賀郡の富岡へ迫ってきた。富岡城の城主新開遠江守忠之は智勇兼備の猛将であって土佐勢をなやまし苦しめた。正当なる攻略では不可と覚った土佐側は謀略を用いる方針を採り、丈六寺において和談を聞きたいと新開側へ申し入れた。忠之はこれに賛同し会談の日を約束した。丈六寺において土佐側と新開側の和談は開かれた。元親が四国平定すると忠之に勝浦郡を与え富岡城を保証するという好条件で忠之主従は満足し、和談成立の祝いと懇親を兼ねた酒宴は開かれ土佐側の厚意の美酒馳走を新開側は満喫し心から酔いに酔うた。夕景に迫らん頃忠之主従は辞して縁側に出た。曲り角のフスマの片側に身を隠していた武士が抜刀して忠之の肩口に切り付けた。
(後略)

(看板引用)

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